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防衛3文書改定後の安保政策 対中朝ロの抑止力強化 課題
政府は2022年12月に国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画の安全保障関連戦略文書(防衛3文書)を閣議決定した。岸田文雄首相が「日本の安全保障政策の大転換」と述べたように、防衛力を5年以内に抜本的に強化し、防衛関係費を国内総生産(GDP)の2%に達する予算措置を講じ、長射程の「反撃能力」の導入を決定したことなど、戦後史に類例を見ない分水嶺となった。
防衛3文書は、国際社会が「戦後最大の試練」のときにあり、日本を取り巻く安全保障環境も「戦後最も厳しく複雑」という認識を示している。「最大の戦略的挑戦」としての中国、「従前よりも一層重大かつ差し迫った脅威」としての北朝鮮、そしてウクライナを侵攻したロシアを「安全保障上の強い懸念」として位置付けるなど、日本が対峙する3正面の防衛上の課題は深刻化している。
国家安全保障戦略は「グローバリゼーションと相互依存のみによって国際社会の平和と発展は保証されない」として、リベラリズムの世界観から導かれる期待を戒めることから始まる。ロシアによるウクライナ侵攻は、ロシアの侵略意思を正確に把握することが困難だったことと、ウクライナの防衛能力が十分ではなく抑止に失敗したことに基づく教訓をもたらした。
防衛3文書が強く打ち出しているのは、力による一方的な現状変更が困難であると認識させる抑止力の必要性だ。すなわち、相手の能力に着目して、これに対応する自らの防衛力を構築し、相手に侵略する意思を抱かせないようにすること(=能力ベースの防衛力)が戦略策定の基本となる。
ただし能力ベースの防衛力の構築は容易ではない。
第1に中国は核・ミサイル戦略や海上・航空戦力を中心に、軍事力の質・量を広範かつ急速に強化している。中国の国防費は06年に日本の防衛費を上回り、20年には日本の5倍に拡大した(表参照)。日本が30年に防衛費をGDP比2%に増額しても、中国の5分の1以下にすぎない。防衛予算や兵力規模を中国と均衡させることはもはや不可能という現実に直面する。
第2に中国の軍事力は日本の同盟国である米国の優位性を脅かしている。かつて圧倒的に米国優位だった戦略環境は大きく変化し、中国は米国の戦力投射能力を阻害する軍事能力(いわゆる「接近阻止・領域拒否=A2AD=能力」)を強化している。米シンクタンクの専門家による台湾海峡危機を巡る机上演習でも、米軍は中国軍に決定的な勝利を収められないばかりか、甚大な軍事的損失を被ることが想定されている。
さらに今後10年間で中国が核戦力を大幅に強化することが確実とみられていることも、米国が中国と全面対決に拡大しうる戦争に介入できるか、その判断を複雑化させている。
第3に中国の台頭に加えて、核・ミサイル開発を継続する北朝鮮と、極東におけるロシア軍の動向という3正面の軍事的課題は、それぞれ異なる軍事力の特徴を持ち、共通の政策を当てはめることが難しい。仮に中国・北朝鮮・ロシアに対する日本の防衛力を個別に構築する方法をとると、自衛隊の能力組成や必要とされる防衛力には大きな負担がかかる。さらに中ロ・中朝・ロ朝が軍事的連携を深めた場合、作戦の相互連携によって自衛隊の作戦計画にかかる負荷は一層増す。
以上のような過去に経験のない過酷な前提の安全保障環境で、なお抑止力を構築することが現代日本の防衛戦略の要諦となる。
防衛3文書が導こうとする考え方は、抜本的な防衛力の強化と新たな戦い方の推進によって抑止力を担保することだ。
第1に構造的劣勢ともいえる日中の戦力差を念頭に置き、中国の通常戦力(航空機・艦艇・潜水艦・ミサイルなど)の規模に対して自衛隊の装備の量を均衡させることは目標となっていない。相手との軍事力の規模を競うのではなく、軍事的手段による現状変更がそのコストに到底見合わないと認識させる能力の構築だ。換言すれば、相手の作戦遂行能力に対する拒否戦略ということになる。
その決め手となるのが、(1)自衛隊のスタンド・オフ防衛能力を通じた拒否能力(日本への侵攻を抑止するために遠距離から侵攻能力を阻止・排除)(2)仮に抑止が破られた場合に、宇宙・サイバー・電磁波の領域を融合した領域横断作戦で非対称的な優勢を確保し、さらに継戦能力を通じた拒否能力(迅速かつ粘り強く活動し続けて相手の侵攻意図を断念させる)――を整備するという考え方だ。
27年までは現有装備品を強化して日本への侵攻を阻止・排除し、そしておおむね10年後までに「より早期かつ遠方で侵攻を阻止・排除」できるように防衛力を抜本的に強化する。
第2に防衛戦略のもう一つの要諦は日米同盟の抑止力を強化することにある。米中の通常戦力が拮抗する中で、米軍事戦略においても米陸軍や海兵隊がA2AD脅威圏内で活動するインサイドフォースとして相手の作戦を阻害し、米海空軍がアウトサイドフォースとして「縦深攻撃」により統合支援する構想が推進されている。米国もまた対中抑止力の構築を拒否戦略と付合させていることになる。
日米同盟の統合化の本質はこの拒否戦略を共同で推進することにある。日本の防衛力の抜本的な強化は日本自身の防衛のみならず、米国の軍事能力を効果的に発揮することに結びつく。自衛隊のスタンド・オフ防衛能力は米軍に対する広域の戦力投射支援にもつながり、統合防空ミサイル防衛能力や、持続性・強靱(きょうじん)性を持った活動や国内外の施設区域の強靱化などは、米軍が戦域内作戦を実施する要諦となる。
第3に日米同盟とともにインド太平洋および欧州のパートナー国との戦略的関係を強化することだ。日本が対峙する3正面の軍事的課題への対応について、日本も多くのパートナーとともに戦略を共有する必要がある。日豪・日英両国が署名した円滑化協定(RAA)、物品役務相互提供協定(ACSA)、そして防衛装備品・技術移転協定などの制度的枠組みの整備や能力構築支援などは、パートナー国との連携強化のためにとりわけ重要だ。
防衛3文書が示す方向性は、日本の安全保障とインド太平洋地域の平和と安定に対する処方箋だ。これらの基本方針に沿って、政府はスタンド・オフ防衛能力、統合ミサイル防衛能力、無人アセット防衛能力、領域横断作戦能力、指揮統制・情報関連機能、機動展開能力・国民保護、持続性・強靱性という7つの機能・能力を導き出した。これらを自衛隊の役割や体制整備と結びつけ、統合的に推進することが目指されている。
もっとも、厳しい安全保障環境に立ち向かう防衛3文書の成否の鍵となるのは、安全保障・防衛戦略を今後10年間にわたり実践し、その核となる拒否戦略を結実させ、国家と地域の平和を維持していくことだ。
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